ギブアンドテイクの人間関係だからあなたは人に助けを求められない

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社会人4年目となって、ぼくも転職というものを真剣に考えるようになってきました。

転職する際にとても重要なのが情報。他の業界のことなんかわかりませんからね。

実際にその業界や会社で働いている人のナマの情報ほど役にたつものはありません。

この役にたつ情報というのは、なにも転職に限ったことではないわけで。

何するにも何か新しいアイデアや耳寄りな情報というのは欲しいものですし、それがないと始められないことだってやまほどありますよね。

身近な話でいえば、「あそこのレストランは上手い」とかそういった情報をもとに、実際に訪れることもありますし。

 

GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代という本。

これはぼくみたいな利己的な人間は必読ですよ。有益な情報が得られるという観点でも、そのほか(これはまた別のエントリで)でも。

 

弱いつながりの人こそ有益な情報を与えてくれる

アメリカの社会学者のグラノヴェターが「弱い紐帯(つながり)の強み」と題して述べていることだけど、新規性のあるアイデアであったり有益な情報であったりというのは、身近な人よりも「つながりの弱い人」の方が強いんですよ。

これは感覚的にわかりますよね。

例えば会社の同僚。同じ環境にいるわけですから、考えもある程度似てくるし、そもそも普段接している世界や情報が似たようなものですから。

そんなに真新しいアイデアや情報というのは得られないですよね。

居心地良かったり、絆は強かったりしますけど。会社の同僚の飲み会というのはそれなりに楽しいけど、果たしてあらたな発見があるのかといえば・・・

 

ぼくは月1回社会人サークルのようなもので、広告やクリエイティブな人に会う機会があるんですけど。もうなんか世界が違うんですよね。

ぼくの会社にいるだけでは一生聴かないような言葉や、考えをどんどん浴びせられるんですよ。

ただ、こういう弱いつながりの人達に連絡するのはムズカシイ。

弱いつながりは、異なるネットワークのほうに、より開かれているので、新しいきっかけを発見しやすくなるのである。  だが、ちょっとした難点もある。それは、弱いつながりに助けを求めるのは難しいということだ。新しいきっかけをつかむ最短ルートではあるが、必ずしも気楽に連絡ができるわけではない。

弱いつながりに助けを求めるには

弱いつながりにコネクトする方法を語る前に、本書で語られている「テイカー」と「マッチャー」と「ギバー」という3タイプの人間について。

「テイカー」は常に、与えるより多くを受けとろうとする。ギブ・アンド・テイクの関係を自分の有利になるようにもっていき、相手の必要性よりも自分の利益を優先する。テイカーにとって、世の中は食うか食われるかの熾烈な競争社会だ

マッチャーは常に“公平”という観点にもとづいて行動する。だから人を助けるときは、見返りを求めることで自己防衛する。マッチャーは相手の出方に合わせて、助けたりしっぺ返しをしたりしながら、ギブとテイクを五分五分に保つのである。

ギバーは他人を中心に考え、相手が何を求めているかに注意を払う。テイカーなら、得られる利益が損失を上回る場合にかぎり、相手の有利になるように協力する。一方ギバーなら、いつ何時も、損失より「相手」の利益のほうが上回るように手を差し伸べるのだ。いいかえれば、自分が払う犠牲はあまり気にせず、見返りをいっさい期待することなく相手を助けるということである。

 

結論から言うと、弱いつながりにアクセスするには「ギバー」になりなさいって話。

「テイカー」や「マッチャー」ではなぜだめかというと、こんな思考をしてしまうからなんですよ。

他者に助けを求める = 自分もお返しにその人に何かしてあげないといけない

テイカーにとっては、休眠状態のつながりに再接続することは難しい。同じテイカーなら、お互い気を許さず、自己防衛的になり、新しい情報を教えないようにする

マッチャーはテイカーよりずっと簡単にまた連絡をとることができるが、ギブ・アンド・テイクの関係が前提なので、助けを求めることに居心地の悪さを覚える。

これはぼくのようなほぼテイカーに近いマッチャーからするとよくわかる話。

人間関係ってギブアンドテイクで、なにかもらうとその分返さないといけないと思っちゃう。そうすると人になにか頼むのってめんどくせーってなってしまう。

例えば、ブログのHTMLいじってーというと、お返しになにかしないといけないなーと思ってしまう。それだったら時間かかっても自分でやっちゃおーなんて思ってしまう。

ちょっとさびしい考えですよね。

ギバーはどのように人間関係のネットワークを捉えているか

そもそもギバーというのは、ネットワークに対する考え方が違うんですよ。

シリコンバレーの典型的なギバーであるリフキンを例に説明されています。

リフキンが人に助けを求めるときは、たいていほかの誰かを助けるためである。リフキンの広大なネットワークにいる人びとが、価値を交換するのではなく、価値を増やそうとするようになるのはこのためだ。価値を増やすことで、リフキンは与えることを、一方が得をすれば他方が損をする「ゼロサムゲーム」から、双方が得をする「ウィン・ウィン」に変えている。

結局、テイカーもマッチャーも「自分がどれだけ利益を得られるか」という利己的な考えが強い。

ギバーは、ネットワークや共同体がどうすれば総価値を増やせるのかというのを考えてるんですね。

ひとに助けを求めるのも、全体の価値を高めるため。

 

ようは、生きていくにおいては私心を脱して、世の中のための価値の創造を追求すべきなんですよ。そうすれば、人付き合いも変わります。

自分に卑しい心がなければ、人にコネクトするのに障害はないはずです。



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