【寄稿】あの日私は停電した新幹線に閉じ込められていた。車内で起きていた人間ドラマを語る。

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あなたは友人から急に1万字の文章を送られたことはありますか?

ぼくはあります。

その友人とは、大学で組織論をともに学んだゼミの同級生であり、現在は博士課程で研究している男です。なんとこの組織論マニアの彼は、先日の停電した新幹線に閉じ込められた一人なのです。

そんな彼が突如として送ってきたPDFには、半ば監禁状態となった新幹線の車内の一部始終がユーモラスかつ示唆に富んだ(さすが研究者)文章で描かれていました。そのままブログに載せて結構とのことだったので公開します。これでアフィリエイトで儲かるとはうまい話ですわ・・・

なぜ彼が1万字も書いてしまったのかという理由も読めばわかります。

ということで、1〜3が彼の文章です。

1.はじめに―ほんのささいな疑問

21日午後7時55分ごろ、大阪府高槻市の東海道新幹線の下り線で架線が切れ、東海道・山陽新幹線の京都―新神戸間の上下線が停電し、運転を見合わせた。22日午前1時前に復旧したが、この影響で長時間にわたって東海道・山陽新幹線はほぼ全線で運転を見合わせたり、大幅に遅れたりした。(朝日新聞デジタルより)

私は、この運転を見合わせた新幹線の中に偶然乗り合わせた。5時間もの間、車内に閉じ込められ、新神戸駅で下車した自宅に戻ったのは22日の午前3時前であった。また、私はこの時に起きた停電の様子を SNS に写真で投稿し、友人から「災難でしたね」というコメントをもらった。

しかし、私は、この文章において、この災難がどんなものであったかを書き記したいだけではない。たしかに、新幹線の車内で、乗務員や車掌に文句を言う人や、二転三転する新幹線の進行方向に困惑する人も私は見た。しかしながら、この状況をよりよく過ごそうと読書やゲーム、見知らぬ人同士で会話を楽しむ人々もまた目の当たりにした。この後者に該当する人々は、この運転見合わせから数日経った今も、報道機関があまり言及していない。では、実際のところ、閉じ込められた新幹線の中で、乗客はどのように突然与えられた暇をめいめい過ごしていたのだろうか。

この文章において私は、上述のほんのささいな疑問に対して、それを車内で見聞き、感じたことを記述していくことで回答を試みたい (2. 事例記述)。そして、この突然与えられた暇を楽しめない人々と楽しむ人々がおり、後者から何を私たちは学ぶことができるのかについて、検討していきたい (3. おわりに―ほんのすこしの考察)。

2.事例記述―その時、新幹線の中で、乗客はどのように過ごしていたのか

ここでは、私が新幹線の車内で見た、聞いた、感じたことを記述していく。はじめに、ち ょっとした告白をしておこう。当然のことながら、この記述は私が見た、聞いた、感じたこ とである点で「部分的な真実」でしかない。それでもなお、この文章を書くことは、私が読 み手にこの突然与えられた暇を楽しめない人々と楽しむ人々がおり、後者から何を学ぶこ とができるのかを伝えたいからである。その点で、読み手の中には、ひどくレトリカルな文章として映るかもしれない。これは、この文章の限界であるとはじめに断っておきたい。

続いて、この状況を記述しようと思った背景を述べておこう。まず、この状況において、 私が直感的にふさわしいと思った表現は、「暇」であった。新幹線に閉じ込められている状況は、誰しも不安を感じているし、私に限って言えば夕食も食べていなかったので、空腹も感じていた。しかしながら、飛行中の飛行機が故障したわけでもなく、ましてや絶海の孤島にいるわけでもないので、自身の生命の危機が脅かされているわけでもなかった。仮に体調が悪くなったとしても、最悪、乗務員にその旨を伝えて、新幹線のドアを開放してもらい、 そこから降りて病院へ向かうことができていただろう。だから、何をして過ごそうか、突然、事前準備もなく暇が与えられてしまった。そんなニュアンスがぴったりであった。

こうした暇の中で、私はふと思った。この閉じ込められた新幹線の中で、乗客はどのよう に突然与えられた暇をめいめい過ごしているのだろうか、と。もちろん、私も乗客の一人ではあるのだが、この文章を書くという形で時間を過ごそうとしていた。では、他の乗客は何をしているのだろうか。すでにこの時、私は新幹線に閉じ込められたことをしょうがないこ とだと開き直っており、さらに、この体験はとても貴重なので、何らかの形で記述しておこうとは思っていた。そこで Evernote というスマホのアプリに新たなノートを作成し、車内で見た、聞いた、感じたことをメモとして残すことにした。別に何の役に立つとも思っていなかった。私が持っていたのは、そこで何がどのように起きているのかを残したら、面白いのではないという知的好奇心、それだけであった。

 

 

19 時 37 分。新大阪へ向かう新幹線のなかで、停電が発生した。冷房は止まり、トイレと喫煙部屋が使用不可となるという車掌のアナウンスに首を左右にかしげたり、ため息をついたりする乗客。換気扇が引き続き回る音と時おり、子供の泣き声が聞こえてくる。

その時、私は、1両目の前から2番目のドアの前にいた。ここから見えたのは1両目の乗客である。いつ復旧するかわからない停電に、外を見やったり、スマホをいじったりする手持ち無沙汰な乗客。私の隣にいる若いスーツを着た男性は、Twitter のタイムラインを開き、新幹線についてtweetしている人々を調べているようだ。

新幹線に閉じ込められた

 

上の写真は、この時の様子を収めたものである。車内の照明は非常用に着くものを除き、すべて消えていた。正面に赤いパンツの男性が見えるが、後ほど、ジャケットも赤く、黄色のソリッドのネクタイであったことが分かり、私を驚愕させたというのは、この車内における興味深かったことの一つであった。

20 時。突然、すべての照明が灯り、止まっていた冷房が動き始めた。車内に期待感がにじんでくる。だが、新大阪駅に 7 本の電車が止まっており、このまましばらく停止するという15分前から変わらない車掌のアナウンスが、再び乗客を落胆させた。使用可能になったトイレに次から次へと乗客が出入りしていく。シュー、ポンというお馴染みのトイレの排水音にここまで耳を澄ませるなんて思いもよらなかった。

数分後、再び停電が起きた。1回目よりも車内に動揺の色が広がる。私の左隣にいる就活生とおぼしき上下黒のスーツの女性は、首を左右に振り、小さなため息をついた後、床に座り込んでしまった。

しばらくすると停電は復旧し、照明に再び明かりが灯ると、乗客に安堵の色が漏れ、同時に使用可能となったトイレに並び始めた。さらに、前方の電車が動き出したという車掌のアナウンスに、作業していたパソコンをしまう乗客や荷物受けの荷物を下ろし始める乗客が表れた。今か今か、新幹線が動き始めるのを待ちきれない空気が車内に充満し始めた。私の左隣にいた女性は期待感に胸を膨らませているのだろうか、自分の周りを数歩歩き出した。一方で、右隣にいる男性は立ち上がって、荷物整理を始めた。

しかし、状況は遅々として進まない。ここで、11号車で車内販売を継続しており、必要な方は足を運ぶようにというアナウンスが入る。私は状況と空腹にしびれを切らし、11号車に食べ物を調達しに行くことを決意した。

11号車へ向かう途中、再度停電になる恐れがあるという車掌からのアナウンスに、歩きながら私は乗客の顔がひきつる様子を見やった。口と目を見開き、首を左右に何度も振る男性、トイレに行かねばと思い立ったのだろうか、いきなり座席から立ち上がり、小走りでトイレのある車両へと向かう女性。にわかに乗客の動きが慌ただしくなってきた。

11号車に着くと、1号車方面と15号車方面の両側から多くの乗客が並んでおり、今か今かと食べ物を買い求める光景がそこにあった。私の後に続いてやって来た、いかにも仲のよさそうな友人同士での旅行を終えたようなマダム 3人組は、奥へ続く列を見やり、お互いに顔を見合わせた。「すごいわね。」「ほんとそうね。」「でも、○○さんが『ダメなら水だけでも』と言ってたから…」「そうね、並びましょうか。」どうやら、一連の会話から、他にもいたと思われる友人のためにこの列に並ぶことを決意したようだ。

21 時。私の前では、酒を飲まないとやっていられないといった面持ちの中年のサラリーマンが、ささやかな快適さの向上を願って、氷を女性乗務員に要求している。こうした非常事態にもかかわらず、左手で手際よく商品を提示しながら、腰から下げた機器を右手で用いて商品のバーコードを読み込み、速やかに金額を伝え、乗客へと商品を提供していく車内販売員の熟練した姿に、私は目を見張った。もはや、おつりすら渡してもらうのが申し訳ないと感じるほどの忙しさの中で働くその姿は、日本のおもてなしを象徴していた。

ふと、反対車線である上り方面の窓が明るくなったと同時に、新幹線が通過していった。上り方面の新幹線が動いていることことに、乗客は色めき立った。少し冷静に考えれば、反対車線は送電線が切れていないから運航できるのであるだけなのだが、それでも、である。そして、私は 1 号車へと戻って、この時の様子を記述していった。

21 時 27分。車内アナウンスにて、送電線の一部が切れてしまっているという情報が入ったため、運転再開には「相当の」時間が掛かる見込みとなった。これを聞いた、近くの中年のサラリーマン男性が「相当の」の部分を皮肉交じりに復唱し、トイレへと立った。同時に車内販売員のアナウンスが続く。車内販売は全て品切れとのアナウンスであった。

すると、私の横を何やらピンク色の物体を指先でクルクルと回しながら、笑みを浮かべながら歩く30代とおぼしき男性が通り過ぎていった。目の前に現れた楽しそうな人に興味を引かれた私は、彼の後を追うことにした。これは後ほど調べてわかったことなのだが、そのピンク色の物体は、フィジェットスピナーと呼ばれる欧米を中心に流行のおもちゃであった。以下の動画 は、その一例であるが、男性の持っていたものと形状が同じである。

彼は5号車の前より、3列に配置された指定席の通路側に腰を下ろした。席に着くとすぐに、このフィジェットスピナー (これ以降、スピナーと表記) を回して遊び始めた。私は、この時の様子を 5 号車と 4 号車の間から眺めていた。まずは、左記の写真のように左手の親指と中指でスピナーを持ち、右手の人差し指でスピナーをはじくと、勢いよく回転し始めた。だいぶ遊んでいるのだろうか、その後、彼はスピナーを地面と平行にして左手の親指を離し、左手の中指1本でスピナーを回し始めた。最初は快調に回転を続けていたものの、ベーゴマと同じように回転が弱まってくるとバランスを崩し、カチャっという音を立てて床に落ちてしまった。その時、隣のスーツの上着を脱いだ乗客は、多少怪訝な表情を浮かべながらも、見て見ぬふりをして、スマホに目をやった。それでも彼は、スピナーを拾うと、再び回し始めた。今度もまた左手の中指1本で回すようだ。その表情は、とても子供が何度も繰り返しベーゴマを回して遊ぶのと同じく、楽しそうなものであった。あまり長く見ているのも気が引けた私は、ここで1号車へと戻った。

21 時 50 分。上り方面の新幹線を用いて、京都駅まで案内する予定で計画を立てているとのアナウンスが入った。私は、新大阪駅より先に向かう予定の人々はどうするのだろうか、と思った。というのも、この新幹線はのぞみなので博多行きであったためである。そういえば、先ほど広島のホテルを予約していたとおぼしき男性の電話での会話を耳にした。こうした男性は、さぞかし、困っているだろうと思われた。その時、「どこにこの先行くのか」とタイから来た男性に話しかけられた。思ったより日本語が不自由そうなので、私の片言の英語で伝えることにした。話を聞いてみると、大阪でホテルをとったのだが、この状況ではチェックインできそうもないためキャンセルしたとのことである。日本に来て、よりによってこんなことになるとは。感傷的になった私は、最後に ”We could only wait for and enjoy for this time.(待つことしかできないから、今を楽しもうよ)” と言葉をかけて彼と別れ、機関室のある 8 号車へと様子を見に行くことにした。

22 時 08 分。8 号車の機関室では、管制室からの情報が錯綜している様子が伺えた。現場の車掌や乗務員が、管制室から入る何ら変化のない情報に、眉間にしわを寄せ、首をかしげながら耳を傾けていた。車掌や乗務員は遅々として変わらない状況を繰り返しアナウンスすることへの苛立ちが、「また?!」という声から伺えた。

別の社員とおぼしき人が、乗客の降ろしてくれという要求になんとか降りないように対応している。ここで社員とおぼしき人というのは、彼がいわゆる車掌の服装ではなく、サラリーマンのように、上下ネイビーのスーツを着ていたからであった。ただ、よく見てみると、左胸に「JR」のバッジが付いていた。

22 時 22 分。いくらなんでも、このまま機関室を観察し続けているのも迷惑なため、1号車に戻ることにした私は、大阪で会う予定であった大学時代の友人に電話を掛けた。開口一番「まだ、新幹線」との私の言葉に「えっ、まじか」と言い、「自宅に来てもいいよ」と案内してくれた。私は、そんな彼の優しさに触れて、気持ちがほっとしたところで、1号車へと歩き出した。

22 時 30 分。3 号車にて車内アナウンスを聞く。上り列車に乗り換えるアナウンスがながれ、1本後ろの電車になる模様なのだが、車掌が焦りからかアナウンス内容を噛んでしまい、しどろもどろなアナウンスになってしまった。その時、2号車の方で「噛みすぎやろ!」と言う声と、どっと笑い声が起こった。何だろうか。そう思った私は 2 号車へと向かった。

2号車に着くと、一目でその場所がわかった。通路側にサラリーマンであろうか、ジャケットを脱いで同僚男性と酒を飲んでいる乗客がいた。チューハイを手に持っていたが、前の手荷物入れにはプルタブの開いた350mlのビール缶が入っていたので、すでに 2 本目、もしくはそれ以上であったと思われた。その隣には、敬語で話していたことと私服であったことから、恐らく男性らとは知り合いではないであろう女性がおり、楽しそうに会話をしていた。手元に酒があるかは確認できなかった。

彼らが何を話しているかまでは、一瞬で通り過ぎてしまったのでよく聞き取れなかったが、もはや車掌のアナウンスの失敗ですら笑いの種に変えて、互いに笑い合えてしまうその姿に、私は力強さすら感じた。そんな暇を楽しみに変えてしまう、力強さである。そのような力強さを垣間見ることができてよかったと、私には思えた。

1号車へと向かう途中の車両では、今度とばかりに帰る準備を始める乗客の姿があった。荷物棚の上にあるキャリーケースの持ち手を右手で持つと、勢いよく手元へスライドさせながら、左手でケースを受け止めつつ、膝をクッションのようにかがめる一連の流れは、もはやこの機会で相当手慣れてしまったのではないだろうか。

22 時 58 分。私が1号車へと戻ると、私が荷物を置いていた場所に戻ると、若い女性とスーツをきた就活生とおぼしき男性とが会話を始めている。聞き耳を立てると、女性は美術関係の仕事をしており、それが具体的にどんなものかを話している。男性は観光系のことについて学んでいるようだ。隣の2人が連絡先を交換しようとするものの、男性がスマホの充電がなく、連絡先を交換できないという。なんという痛恨のミスだろうか。もちろん、はたから見ている私に、そのようなことに思いを馳せる必要はないのであるが。

その後も私は、それまでの様子を記述しながら、彼らの会話の様子をちらちらと観察していた。時おり、ホテルの予約やキャンセル、会社に対する業務連絡や明日の予定の確認に関して電話をする乗客を除けば、2人の会話だけが、静まり返った車内に響いていた。このような災難と突然、与えられた暇さえなければ、会話すらしなかっただろう男女が、夜通し語り合うその姿に、端から見ていて不思議な美しさを覚えてしまった。美術、特に絵画に関する具体的な内容に踏み込んでいくにつれて、両手を使い、体を前のめりにしながら、男性に話していく女性。その話を、片時も目を離さずに、相槌を打ちながら聞き続ける男性。お互いにお互いが知らなかった情報を伝え合い、新たに知り得た情報を発見するたびに心躍らせるように見えるその光景。今、ここで、新幹線に閉じ込められた見知らぬ男女の間で、会話というごく日常生活のありふれた光景。それが不思議な美しさを持って私に迫ってきたのであった。

23 時 15 分。停電から 10分近く経つが、5分程度と言っていたことからすると、私はこの時間を随分長く感じた。冷房も止まっているため、車内は徐々に蒸し暑くなり、私の右側にいた男性はカバンからフェイスシートを取り出して、体を拭き始めた。スーツを着た JRの社員が近くに来て、体調不良の人はいないかを訪ね回っていた。

23 時 20 分。停電から復旧し、冷房が復活した。とてもありがたいと思う。そう思う瞬間に、私が疲れていることを実感する。そして、座り込んで、友人からの LINEを見た。どうやら、友人が今、自宅にいないため、むずかしいとのことであった。「仕方がない」と思い、私は京都駅周辺のホテルを探してみることにした。京都駅のホテルをbooking.comで検索すると、過去6時間に26件の予約があって完売してしまったホテルなど、ほとんど空いていないことがわかった。写真は、その時に撮ったスクリーンショットである。

ところが、23 時 33 分。京都の友達と連絡の最中に、復旧ができそうなので新大阪方面に進めるかもしれないとのアナウンスが入った。恐らく、京都でホテルを取ったと思われる男性が「はい?!」と言って絶句していた。しばらくの絶句のあと、男性はホテルにキャンセルの電話を入れていた。ひどく、困惑した表情をしていた。

23 時 46 分。40分ほどの停電があるとのアナウンスが入った。そして、冷房が止まる社内に対する不安が高まり、トイレに入ろうとする人が列をなした。10分ほどしただろうか、作業によっては最大で 1時間ほど時間がかかるというアナウンスが入った。私の周囲にいた乗客からは皮肉交じりのため息がこぼれた。そして、アナウンス後に、マイクを切り忘れ、機関室の中で錯綜する情報に困惑する様子が伺い知ることができた。聞き取ることはできなかったが、恐らく、2 号車では「マイク切り忘れとるで!」という声と笑い声があったに違いない。

0 時 2 分。停電が始まった。あぁという声が乗客から漏れた。残念、といったようにトイレに入れなかった乗客が自分の座席や場所へと戻っていく。私の周りでは、覚悟を決めたように、乗客が床に座り、寝ようとし始めた。顔には疲労の色が濃い。その間を足早にすり抜けていく社員。それぞれの部屋を仕切る扉を換気のために開放したため、1号車には、私の横にいる 2人の男女の会話だけがこだましている。

0 時 10 分。引き続き停電が続く中で、11号車に簡易用トイレの準備を進めるというアナウンス。当初は、男性用トイレのみは使用可能であるというアナウンスであったが、後ほど洋式トイレもトイレットペーパーを使わなければ使用可能であるとの追加情報が加わった。この間に、1号車の通路側、加えて非常用の灯りの下で本を読んでいる男性に私は気がついた。どのくらいの年齢なのかは後姿であったため把握できなかったが、右手のしわの具合からそれほど若い人ではないように感じられたこの男性は、ほぼ 1 冊の文庫本を読み終わりそうなくらいに、右手に持つ本のページが薄かった。と私が思っていた瞬間、本を読み終わったのか、両手で本を閉じて座席テーブルの上に置いた。首をぐるりと一周回し、両手を重ねて前に伸ばした後、「ふぅ」とこちらまで声が聞こえてきそうな、ゆったりとくつろいだ様子で肩をストンと落とした。1冊を読み終えて、満足感を感じていたのだろうか。たしかに、この突然与えられた暇に、読書は適しているのかもしれない。もちろん、停電しても明るい場所に限られてしまうのだが。

0 時 33 分。停電から 30分が経ち、車両内の温度が上がってきた。首もとのボタンを2つもしくはそれ以上開けた乗客が寝苦しそうに何度も姿勢変えながら、時間が過ぎるのを待ち焦がれていた。すると、JR の社員が運転席へと向かうために、1号車にいる私の横をすり抜けていった。すでにジャケットは着ておらず、腕捲りをした状態であった。用件を済ませて運転席から出てくると、颯爽と通路を8号車へと戻っていった。しばらくすると、0 時50 分に復旧作業が終了予定であること、新大阪駅からは休憩車を用意するとのアナウンスが続いた。

0 時 50 分。当初の終了時刻である50分となった。アナウンスが入り、復旧作業が終了したとの情報を受けて、少し安堵の表情を浮かべたのは、右隣にいた男性。すると、停電から普及し、冷房が入った。「生き返る」と思ったのは、私だけではなかっただろう。少なくとも扇子を仰いでいた私がいるところから 5 つ前に座っている男性は、扇子をしまった仕草からそう思ったに違いない。

1 時を回った。明日も仕事の人たちはさぞかしつらいだろう。私はまだ時間をもて余す院生なので、心配無用であるのだが、私もなにぶん睡魔が襲ってきた。文字打ち続けているため、指先は多少しびれていた。

1 時 7 分。前の電車から順次、新大阪駅へ向かっているとのアナウンスが入った。ゆっくりと一言一句を話している車掌の声には、安心感がにじんでいた。反対車線を上り方面の新幹線が走る様子に私が心を踊らせていると、「まもなく列車が動きます」というアナウンス。

そして、列車が前に進み始めた。実に5時間ぶりのことであった。新大阪駅では、23番線と27番線に、休憩用の車両が用意され、新大阪駅からJR大阪駅までの電車が用意されたとのアナウンスが続いて流れた。

この車内で、私は不謹慎ながら、名残惜しいと思ってしまった。今、この状況に安心していたためなのだろうが、それ以上に、この貴重な体験と様々な乗客の姿に心を動かされ、満足感を感じていたのも間違いなかった。アナウンスが入る。「この新幹線は博多まで運航いたします。」このまま夢うつつの時間を過ごしてしまおうか。明日もどうせ暇な学生だし。やはり、やめよう。暇はあってもお金がないのだから。

1 時 25 分。新大阪駅に到着した。名刺交換までして仲良くなった男女2人はこの駅でお別れのようだ。女性は新幹線を降りると振り返って右手を振って、男性に最後の挨拶をした。笑顔であった。むしろ、男性の方がいくらか目に愁いをたたえて、右手を振っていた。女性は手を振ることをやめても、新幹線のドアが閉まるまで、ドアの前に居続けた。新幹線は、相手の顔が見える時間が長いから切ない、飛行機と違って。そんな切なさからか、私の脳内には、ゴスペラーズの「新大阪」が再生されていた。

新幹線の掲示板

私は新神戸駅で下車し、電光掲示板を見た。到着予定時刻 19 時 38 分。写真を撮るのは、私だけではなかった。ここにも疲れ果てている人々だけでなく、名残惜しいと思っている人々がいるのだと、私は思った。ホームから改札階へと降りると、そこには遅延保障をもらうために長蛇の列ができていた。駅員が何度も、後日でも清算が可能であることを伝えていた。不幸なことに、私はもともと新大阪駅行きの乗車券を購入していたため、乗り越し清算が必要であり、否が応でも長蛇の列に並ばざるを得なかった。ふと列の前のほうを見ると、そこには先ほど車内で楽しく会話をしていた中年男性の姿があった。車内ではあれほど暇を楽しみながらも、ちゃっかりと、もらうところはもらっておく。なるほど、したたかである、そう感じたものであった。

新神戸駅を出ると、そこにはタクシーや迎えで帰路につく人々でごった返していた。そこには、案外楽しそうな表情を浮かべ、その出来事を話す人々の姿があった。タクシーに乗車する瞬間、「鷹取駅まで」と言った男性は、運転手から「お客さん、大変でしたね。」との声に、「ほんでな…」と言って会話を始めようとしていた。

私はそれを横目に、夏の虫を聞きながら、その人々の横を歩き出した。同期の院生が車で迎えに来ていたからであった。ちゃっかりしていたのは、私もであった。

3.おわりに―ほんのすこしの考察

ここまで私は、閉じ込められた新幹線の中で、乗客はどのように突然与えられた暇をめいめい過ごしていたのだろうか、というほんのささいな疑問に対して、車内で見聞き、感じたことを記述してきた。そして、この突然与えられた暇を楽しめない人々と楽しむ人々がいることを示してきた。最後に、ほんのすこしの考察と題して、暇を楽しめない人は、楽しめる人の知恵から何を学ぶことができるのかについて、検討していきたい。

まず、その場を楽しめない人は、状況に自分を委ねてしまうことで、自分の中に空虚さを生じさせていたと考えられる。例えば、彼・彼女らの発する「はい?」という驚きや「なぜ?」という問いかけは、この空虚さを生じさせる原因である。特に「なぜ?」は、もう少しその後に続く言葉を想像すると「なぜ、こんな時に新幹線になったのか?」という自身の行動に対する後悔や「なぜ、こんな時に限って、架線が切れたのか?」という不運さを表現することができる。

一方で、その場を楽しめる人は、そうした空虚さも引き受けた上で、「だったら、よりよく過ごしてみよう」と捉えることができていたと考えられる。この知恵こそ、暇を楽しめない人が、楽しめる人から学ぶことができる点である。もちろん、その過ごし方、つまり知恵について、私は少なくとも読書やゲーム、見知らぬ人同士で会話を楽しむことを示してきた。ただし、当然「部分的な真実」であるから、他の知恵もあったのかもしれない。例えば、グリーン車にいた人たちは、私の偏見を承知で言えば、もっとハイソ (サエティ) な過ごし方をしていたかもしれない。でも、それを私はわからない。

ここまで文章を書いてきて、ふと極論を思いついてしまった。それを最後に述べて、この文章の結びに代えたい。

人が生きるのは、死ぬまで暇つぶしをするということであり、知恵はその方法である。

 

(寄稿はここまで)

 

ぼくたちはある意味みんな閉じ込められている

いやあ、車内のいらいらや、それを乗り越えようとする人々のたくましさが手に取るようにわかる内容でした。時系列で示されていて、ちょっと海外ドラマの「24」のような印象も。時間が明確に示されていると、リアルで生々しいですね。

客観的に見ると、車内で不平ばかり言う人に対しては非常に嫌悪感を覚えてしまいますが、でも先が見えなくて冷房も効かない状態だったということで、そうかんたんに彼らを批判することはできないですよね。

ましてや停電するとトイレも使えなくなってしまうそうで。さぞ大変な思いをされた方も多かったでしょう。JRの方もそれはそれはつかれたでしょう・・・

 

さて@tu_wu_you_jieくんの言うように、車内に閉じ込められた人は「意図せず」「いきなり」、「暇」を与えられてしまいました。この暇をいかに過ごすかに彼は注目。そして「人生なんて死ぬまでの暇つぶし」という極論に至るわけで。

もしかすると、僕たちはある意味なにかに閉じ込められているのかもしれません。すくなくともこの宇宙の外(あるのかないのか知らないけれど)にはいけないし、ほとんどの人が地球の外には行けません。

そう考えると、果たして今回新幹線に閉じ込められた人とぼくたちに違いはあるのか。そりゃ、快適さや広さといった違いはあるかもしれません。でもそれは環境という部分だけですよね。

閉じ込められている「人」にフォーカスしてみると、あまり違いはないのかも。ということは死というこの世からの離脱に向かって暇をつぶしているだけなのかもしれません。

さらに現代についていうと、AIの台頭によって「食べていくためだけの仕事」や「いやいややる仕事」というのは駆逐されていって、暇な時間が増えるのです。だから、この新幹線の人々から何かを学ばないといけません。

置かれた状況を受け入れて、そのときにできることをして楽しむ。そんな雄々しいとも感じられる人々の姿が印象的でした。特にぼくが好きなのはお酒飲んで冗談をとばして車内の人を笑わせていた人。その人自身が楽しんでいるだけでなく、どれだけの人が彼に救われたか。ユーモアって大切なんだなと改めて。

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そしてもう一つ印象的なのが、その車両にたまたま居合わせた見ず知らずの人たちが結びついていたということ。偶然の出会いとはこのことなのかと。ただたんに同じ時間に新幹線に乗ったというだけですからね。

これをこの世に閉じ込められているぼくたちに転換してみます。我々は、たまたま同じ時代に、おなじ場所に閉じ込められた存在。その偶然の出会いっていうのがこの世を生きていくうえで、必要不可欠でそして生きる意味を感じられるのではないかと。

 

僕自身、これからは「AIのおかげで暇な時間が増えるぞ!」という危機感のもとこのブログをはじめたわけなんですが。タイトルも「暇なんやろ?」と、時代を先取りしたものにしたつもりです。

ぼくはこのブログで暇つぶしをするとともに、このブログを通して今回みたいに旧友とつながったり、はたまた新しい人々とつながったりしています。この時代を生きていくために、これからもブログ続けようっと。



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