あなたが人の目を見られない理由は日本社会にあり?
「人の目を見られない」
「人の目を見るのがこわい」
こういう人は少なくないのではないでしょうか。
ぼくもどちらかというと、相手をじっと見るのはそんなに得意ではありません。
社会に出てからかなり矯正されたようなタイプの人間です。
この「相手の目を見られない」問題について、青山繁晴氏が文化的・社会的な側面から考察していました。
動画の9分くらいからの言葉を書き起こしました。
アメリカも困ったこといっぱいありますけど、良い点は自我っていうもの一番大切にしてるから自分は自分、相手は相手、この人はこの人だから、どう評価されるか、あるいは横並び横並びにうまくなってるかを気にしないので、相手の目を見たって気にしない。
なんで目を見るのが恐いかというと、こいつは日本の社会と基準が違うとかあるいはこいつは頭悪いんじゃないかとか体格悪いんじゃないかとか勉強できないんじゃないかとか。そういう評価を、自分がどう評価されてるかを相手の目の中に読もうとするから。評価というより、こいつは異端じゃないという目をしてたら安心できると。これが、どこの社会にも良い点悪い点あるけど、これははっきりと日本の悪い点。
アメリカ人は「俺は俺だから」というスタンスなので、別に他者と自分を比べることがありません。
だから、別に何も気にすることがなく相手の目を見ることができる。
いわば「内から外への視点」と言えるのではないでしょうか。
一方の日本人は、相手の目からいろんなものを感じ取ろうとします。
特に、自分がこの社会から逸脱していないかということ。
異端じゃないのか、同調できているのかと。
よく日本社会は同調圧力がきついというのを聞きますが、まさにこの圧力のせいで相手にびくびくせざるを得ない。
「外から内への視点」ですね。
さて、こういう苦しさを克服するための方法として青山氏があげていたのが「アメリカへ行け」ということ。
なかなかそうは言われてもアメリカに行けない人はどうしたらよいか。
とにかく「俺は俺」という意識を徹底すればよいのではないでしょうか。
人と自分を比べず、自分なりに最大の努力をしていけば自信も持てるし、相手にびくびくすることもなくなるでしょう。