ぼくが読売新聞の購読を止めた理由

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こんにちは、読売新聞を購読してたるきまです。

上京してから7年ほどとっていた読売新聞を止めました。

「増税には賛成だけど新聞への軽減税率適用のために署名してくれー」と配達員が署名集めてたときも止めようかと思ったが、まあいいかとそのまま継続。

しかし、今回はもうこんな姿勢の人達にお金払えるかという気持ちが固まったので止めることにした。

 

その原因はこの社説。

放送事業見直し 番組の劣化と信頼失墜を招く

安倍政権のすすめる放送事業の見直しを批判する内容。

 テレビ・ラジオ局の放送事業者とインターネット事業者の垣根をなくし、規制や制度を一本化することなどが柱だ。自由競争によって、多様な番組を視聴者が楽しめるとしている。

ぼくとしてはなんの権利があって国民の財産である地上波をずっと同じ放送局が支配してるのかと思ってます。

だからどんどんAbemaTVとかDHCテレビとか出てきて選択肢が増えるのはええことやんと。

しかし読売新聞はこんなこと言ってます。

放送局は、放送法1条で「公共の福祉の健全な発達を図る」ことを求められている。民放はこうした役割を担い、無料で様々な番組を提供してきた。同様の規制がなく、市場原理で動くネット事業者を同列に扱うのは無理がある

これに対して池田信夫氏がAgoraでド正論を展開。

民放が無料なら、インターネットも無料だ。ネット事業者が「市場原理で動く」というなら、民放も市場原理で動いている。そうでなければ、彼らはどうやって株式会社を経営しているのか。言論統制で民放の既得権を守ろうとする読売新聞

たしかに地上波だろうとネットだろうとどれだけ人々から見られるかが大切。それによって広告収入が変わってくるわけで。

地上波もいかに視聴率を上げるかを日々死ぬほど考えてるんだから、まさに市場原理で動いてますやん。

なぜそんなにネット事業者を別物と考えたいんじゃろう?

 特に問題なのは、見直し案が、「公序良俗」「政治的公平性」「正確な報道」に基づく番組編集を求めている放送法4条の撤廃を含んでいることだ。(中略)

選挙とは関係なく、政党が都合の良い番組を放送できるようになる。

ちょっと待って下さい。

政党が都合の良い番組を放送ってもうしてますやん。

「報道ステーション」は?

「サンデーモーニング」は?

誰がどう見ても立憲民主党アゲの番組ですやん。

米国では、放送局に政治的な公平性を求めるフェアネス・ドクトリン規制が1987年に廃止された後、偏った報道が増えた

日本のように放送法があってあたかも公正ですというような顔をしながら偏向しまくるのとどっちが良いのでしょう。

左のCNNもあれば右のFOXもあり、いろいろ比較できる方がバランスのとれた見方ができるのでは。

 フェイクニュースが世界的に広がるなか、放送への信頼を失墜させる改革に乗り出す意味があるのか。疑問は拭えない。

放送への信頼ってまだあると思ってるんでしょうか。

テレビしか見ない世代はたしかに信頼してるでしょう。

しかし、ネットで異なる見方や検証に触れてる世代からすると、信頼などしてません。

 

この他にもこの放送事業見直しを批判する記事もあり、「結局読売も朝日と同じ、オールドメディアの一員に変わりはないのね」と。

ネットでいろんな情報に触れることで世の中や社会でなにが起きているのかを理解してきた身としては、ネットの力を締め出すような動きは看過できない。

 



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