となりの住人のテレビがうるさい

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最近新しいマンションに引っ越した。

隣人のテレビがうるさい。朝の5時からうるさい。年寄りなのか。

ベランダからも音が入ってくる。どうやら窓を開けて大音量でテレビを見ている。やはり年寄りなのか。

ムカついたのでベランダの柵越しに「うるせー」と言ってやろうとした。なんともヤクザな感じである。龍が如くにチンピラ役で出られるかもしれない。

だが、よく観察してみるとどうやら隣の部屋の人の音ではない。隣の隣だったのだ。

一部屋越してまで音を届かせるなんて、もはや公害である。

一体その住人はなにを考えているのか。よほど耳が遠いのか、それともよほど周りに無頓着な可哀想な人なのか。

音に命をかける

隣の部屋であれば、壁を叩くくらいの示威行為はしたいものだが、隣の隣ともなれば、どうすることもできない。

まあ普通に考えれば、管理会社に言ってそれとなく注意してもらうというのが一番安全なやり方である。

なにしろ、そういった音のトラブルを住人間で解決しようとしたら刺されたみたいな事件もあるわけなので。

たかが音に命をかけるのも、坂本龍一でもないのになんとも辛い話である。

だが、悲しいことになかなか億劫なのでまだ管理会社に電話していない。

そもそも番号がわからない。番号が書かれた紙を探し出すのも面倒である。もはや音などどうでも良いのかもしれない。

慣れ

人間恐ろしいもので、最初はその愚かな音に怒り心頭だったものの、段々と気にならなくなってきた。

むしろ逆に、私自身がある程度音を出すような行為をしても許されるという面もあるのではと思うようになってきた。

映画や音楽をいい音で大きめに流したり

サッカーをDAZN観戦し、ゴールの瞬間に好きなだけ騒いだり

風呂上がりに気持ちよく下手な歌を奏でてみたり

彼女と言い争いをしてみたりと。

逆に私から文句を言った際に、私自身が実はうるさい人だったという事実があったとすればなんともきまりが悪い。

インドのことわざなのか教えなのか知らないが「お前は人に迷惑をかけているのだから他人のことも許してやれ」というフレーズを思い出した。

いや、音だけでなく、

・挨拶の仕方の愛想が悪い

・汗臭い格好でジムから帰ってきてエレベーターで不快な思いをさせる

などなど、あらゆる迷惑をかけている可能性もある。

もはや音も慣れてきたし、私自身がどんな問題児かもわからないので、もう怒りは一切ないのである。

だがテレビを見ることに物申したい

おっと一つだけまだムカついていることがある。

未だにテレビのニュースなんかをずっと見ているやつがいるのかと思うとうんざりする。

音よりもそこにムカついていたのかもしれない。

なんでムカついているのかはこの辺のエントリーを。

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